2011年7月10日日曜日

[ルーテルとなりびと] 子ども達へサッカーボールのプレゼント

ルーテルとなりびとより転載

ドイツから、仮設住宅で暮らす子ども達へとサッカーボールが届けられました。

子ども達、真剣に空気をいれています。
物に込められた心が手渡され、それが受け取る人たちの心を励ます様子を目の当たりにしています。


ドイツからサッカーボールがとどきました
仙台市内の倉庫に集められている支援物資

2011年6月24日金曜日

【ルーテルとなりびと】おすそわけプロジェクト開始!

ルーテルとなりびとブログより転載


全国の皆さまにお願いがあります。
「おすそわけプロジェクト」を開始します。
みなさんのお家の台所から「おすそわけ」ください!!
 現在、仮設住宅が建ち始め、避難所から仮設へ移る人々、
自宅に帰る人々(2階のみで生活等)が多くなってきました。
 行政では仮設、自宅に移ったとたん自立とみなされ支援物資など
がストップになってしまいます。
仮設、自宅に戻っても収入も車もなく買い物にいけず、
いまが一番支援物資を必要としています。
そこでルーテル支援となりびとは以下の支援物資を皆さんに呼び掛け、
仮設住宅でフリーマーケット、被災者訪問してお配りします。

「おすそわけプロジェクト」お願いしたい物資
 缶詰、レトルト食品、小麦粉、調味料、ドレッシング、ふりかけ等
 のり、野菜ジュース、ペットボトルの水、お菓子、インスタントコーヒー
 お茶、米、お菓子、おせんべい、おつまみになるもの
 皆さまの台所に普通にあるもの。 
 但し、カップラーメンはご遠慮ください。
(被災者のみなさんはずっとカップラーメンを食べてこられたので。。。。)
 また、その中から少しボランティアにもおすそ分けください。
 
 送り先:ルーテル支援センターとなりびと
 〒980-0004 仙台市青葉区宮町4-4-39
       ルーテル仙台教会内

【ルーテルとなりびと】ボランティアバス第3弾!宮戸島応援障子貼りとバーベキュー大会

となりびとブログより転載
第3弾となる「ボランティアバスツアー」は海苔加工場の清掃をさせていただいた東松島市宮戸島の西部漁業組合さんからの、震災からまだ一度もしていないバーベキュー大会を開いてみんなで楽しみたいとの声を受け、企画されました。障子貼りや津波が襲来した浜辺の清掃も行います。




2011年6月23日木曜日

近畿福音ルーテル教会 東日本大震災救援状況

あの未曾有の大震災と大津波から3ヶ月が過ぎました。
震災発生後、これまでに近畿福音ルーテル教会が被災者支援のために行ってきた活動を簡単にまとめました。


東日本大震災被災者の方々を覚えての祈り

3月20日の定期総会において、「東日本大震災被災者の方々を覚えての祈り」と題する総会宣言を全会一致で採択し、被災者救援のために祈りと力を注いでいくことを確認しました。


義援金支援とルーテル救援

国内外からの貴い献金を以下の組織を通じて、被災者救援のために持ちさせていただきました。
「日本ルーテル救援」、「仙台YMCA」、「日本赤十字社」、「日本国際飢餓対策機構」。このうち、「日本ルーテル救援」は、既にご存じの通り、日本の4つのルーテル教会の協働の働きであり、主に救援物資支援や、日本福音ルーテル仙台教会に設置された「となりびとボランティア支援センター」を中心としたボランティア活動を展開しています。これらの活動の内容は、「ルーテルとなりびとブログ」で常時アップデートされています。



救援物資


全国のルーテル教会の有志から送られた救援物資は、東京のKTS運輸倉庫でまとめられて、チャータートラックに積載し、宮城県の被災地、各避難所に送り届けられました。(詳細な送付先は、こちらをクリックして下さい。)




ボランティア活動

近畿福音ルーテル教会からは、牧師4名、信徒3名のボランティアが派遣され、他のルーテル教会の方々と被災地復興のための奉仕に携わりました。ボランティア参加者の交通費の補助等、今後もボランティア参加を積極的に支援し、呼びかけて行きます。


 被災地訪問

現地との繋がりのために常議員を中心に3回の被災地訪問を行ってきました。被災地の被害状況を肌で感じることによって、少しでも被災者の方々の気持ちに近づくことが出来ればと願います。



「まじわり」号外号発行

被災地の現状をいち早く伝えるために近畿福音ルーテル教会の機関紙「まじわり」の号外号を発行しました。

 仙台YMCA

また、近畿福音ルーテル教会の独自の支援先である仙台YMCAは、東松島市野蒜地区や宮城県山元町等において、特に被災地の子どもたちのためのふれあい活動を展開しています。



気仙沼復興協会

近畿福音ルーテル教会は、さらに独自の繋がりを生かし、気仙沼の階上地区に設置された「気仙沼復興協会」の活動(被災者雇用プログラム)のために、漁師カッパ、作業着、長靴等、作業のために必要な物資を送らせていただきました。今後も微力ながら被災者の方々が自らの足で立ち上がることが出来るためのお手伝いをしていくことが出来ればと思います。



感謝

近畿福音ルーテル教会には国内の教会の皆さんからの献金に合わせて、海外からもノルウェー、タイ、シンガポール等、多くの国々から被災者支援のための献金を送られました。ありがとうございます。
世界中の皆さんの祈りと共に、被災地と人々の心の一日も早い復興のために、これからも様々なかたちで支援活動を続けていければと願います。

近畿福音ルーテル教会
議長 末岡成夫






2011年6月14日火曜日

1000時間後のあなたへ ~ 東日本大震災で頑張ったあなたへ ~

被災地で昼夜を問わず働き続けて来られた自治体職員の方々のために
1000時間後のあなたへ 東日本大震災で頑張ったあなたへ ~」という
イトルの冊子が発行されています。


未曾有の被害を前に「自分が頑張らなければ」という真剣な思いのもと、
頑張り続けて、体と心に大きな負担を負ってしまう方がたくさんおられます。
自治体職員のみならず、ボランティアや被災地への後方支援をしておられる
方々にも是非お読みいただき、ご自分を大切にするひとつのきっかけとなれば
幸いです。
燃え尽き症候群についての自己診断チェックもあり、ご自分の常態を知る
ひとつの手がかりとなるかと思います。
右のリンクメニューよりPDF版がダウンロード出来ます。



2011年5月30日月曜日

埼玉大学の中古自転車を気仙沼に!(2011.05.30)

ルーテルとなりびとブログより転載

 埼玉大学の学生サークルが中古自転車(大学構内の放置自転車を修理したもの)を48台寄贈してくれました。
※サークルのブログ「りんりん・サイクル日和」
 48台のうち23台は530日に気仙沼市大島のおおしまハーティケアセンターに送られます。
 ハーティケアセンターが自転車を必要としているという情報は支援団体のMLを介して知り、対応しました。
 なお、自転車が汚れていたこともあり、ルーテル全国女性会連盟から送られてきていた雑巾230枚も一緒に運んでもらいました。
 報告 スタッフ:佐藤

 被災地での自転車ニードは高く、こうした再利用はとても大切な働きだと思います。残りの自転車は石巻市避難所でフリーマーケットをされている方々に届ける予定です。

2011年5月26日木曜日

支援センターとなりびと・レポート20110524

24日は、東松島にある室浜地区の被災地に支援物資をもって訪問しました。いまだに手付かずの状態で、津波被害そのままに残っていました。室浜地区セン ターには多くの方々が避難されており、洗濯機、乾燥機を届けました。その後、立野、山田さんが合流し、醤油、味噌等の物資を追加でお渡しできました。
この地区がまだなにも整理されてないのは、すべての家が再生してすむことができないためにすべて撤去を住民が決断されたためです。すべての撤去となりますから、作業は一番後になるということのようです。
地区全体が壊滅した中で、センターで共に生活しつつ、牡蠣養殖のホタテ貝の整理をされていました。少しでも明日に向かう一歩なのです。笑顔で感謝の言葉をいただいて帰ってきました。

2011年5月21日土曜日

石巻・渡波地区の被害状況(5月17日)

去る5月17日に石巻・渡波地区の海産物倉庫でボランティアを
させていただいたときに休憩時間に周辺を歩いたときの様子を
ご報告いたします。
 渡波地区は住宅が密集する地域で一軒家やアパート、工場、商店
などが同じ地区に同時に存在しており、被災時もそれらの場所に
おられた方たち、働いておられた方たち、また、車に乗っておられた
方たちがたくさんおられ、それらの多くの方々が犠牲となり、また
避難者となりました。実際、石巻市全体では5月20日現在で
死者 2964名、行方不明者2770名、全壊住宅2万8000件 という
状況で他の市町村の中でも群を抜いた大規模な被災状況です。
http://bit.ly/kdRpCV(宮城県の地域別被災状況データが開きます)


渡波地区では在宅避難者が多くおられるということですが、
在宅避難者の方たちへの食料の配給がうまく行き渡っていない
状況もあるようで、フランクフルトの炊き出し支援トラックの
前にはたくさんの方たちが並んでおられました。


石巻の中心地でも未だ道路沿いにがれきが積み上げられ、地盤沈下のためか、雨が降っていないにも関わらず一部が洪水のようにっているところもあり、仙台市内の大きな街とは違い、市民生活の復旧がほとんど進んでいない印象を受けました。

 報告者:杉岡直樹

2011年5月19日木曜日

ボランティア「となりびと」として共に(永吉穂高神学生・日本福音ルーテル教会)


蒲田ルーテル教会のチームと一緒に来られて、KELCのチームと一緒にボランティア活動をして下さった永吉穂高神学生(天王寺教会出身)が、ボランティア参加の感想を送って下さっています。

ルーテルとなりびとブログより転載
5/15~5/18の期間を、石巻でのボランティアの働きに参加させていただきました。
向かう道の脇に積み重なるゴミとなった家庭用品が、壁のようにどこまでも続いていきます。
言葉にもならない状況でしたが、以前来た方の言葉によれば、「だいぶ片付いた」とのことでした。
津波のもたらした被害は、計り知れません・・・
今回の作業は、これまでとは異なり、個人宅ではなく、物産倉庫で行われました。
『となりびと』の現地スタッフの働きがあったからこそ、実現した作業に関われたことに感謝。
倉庫の中は津波にさらわれたパレット付のラックは、ひしゃげて倒れ、箱に入ったワカメは散乱。海水に浸って、ボロボロです。
一生懸命収穫し、丁寧に箱詰めされたワカメを廃棄するのは、本当に心が痛みました。大切な、生きるための糧なのに・・・。
フォークリフトもトラックも流されてしまったので、全て手作業。ボランティアの人手が無ければ、かなりの重労働です。
一つの倉庫は、今回でだいぶ片付きましたが、まだ手付かずの倉庫があります。
先は長い。しかし、被災者の方々は、絶望していません。ただ、希望へと進むのは、皆の力が必要だと感じました。
短い期間しか居られない人が、入れ替わり向かえば、百人力。これまで続いてきた皆の働きに加えられたことに、感謝です。
未だ見えている部分はほんの一部ですが、その一部の復興が全体の復興を形作ります。
『となりびと』として、共に歩んでいけたら幸いです。

ボランティア 神学生 永吉穂高

2011年5月18日水曜日

海産物倉庫の片付けの手伝い(石巻)

5月17日 (火)

朝9時30分に集合予定でしたが、石巻への大きな渋滞のため到着が大幅に遅れ、実際の作業は10時からになりました。

地震と津波よって甚大な被害を被った海産物倉庫では使えなくなったワカメや昆布など膨大な量の海産物を処分する必要があり、停電で真っ暗になった倉庫の中で、唯一懐中電灯の灯りを頼りに分厚いレインコートを羽織り、暑さと泥と臭いとの戦いの中、日本福音ルーテル蒲田教会と西日本福音ルーテル津山教会からのチーム、そして私たち4名の総勢10名でそれらの被災物資を片付けるお手伝いをさせていただきました。


水を吸った海産物の箱は非常に重く、それらをリレーで運び、台車に載せ、さらに運ぶと言う単純作業はかなりハードな作業でしたが、皆さんのチームワークのおかげで夕方4時までにはかなりの量を片付けることが出来ました。

たった一日のボランティア活動でしたが、被災された方々と一緒に汗を流し、少しでも生活再建に向けてのお手伝いをさせていただく機会を与えられたことは、大変大きな感謝でした。


となりびとボランティア支援センターでお世話をいただいた後藤先生をはじめ、スタッフの佐藤様、遠藤様、そして美味しい食事とおにぎりを用意して下さったキッチンスタッフの皆様に心からの感謝を申し上げます。


近畿l福音ルーテル教会
末岡、はげの下、安東、杉岡

2011年5月16日月曜日

仙台に到着しました

となりびとボランティア支援センター(ルーテル仙台教会)に到着しました。
現在、となりびとには、10名のボランティアが寝泊まりしてボランティア活動に参加しています。
明日、石巻の海産倉庫のワカメ片付けボランティアに参加します。
(末岡、はげの下、安東、杉岡)

2011年5月10日火曜日

畳プロジェクトに参加して・1

ルーテルとなりびとブログより転載

 被災地でボランティアをしたいと思い、ネットで募集告知を発見し「現地にて畳を搬入する作業をし、被災地の様子を視察することで現状を知っていただくためのほぼ日帰りボランティアです。」との言葉に、すぐに参加希望のメールをしました。
 女性だったので、お役に立てるか不安だったので安井さんにご連絡差し上げましたら「大丈夫です!」との快諾をいただいたので、参加させていただきました。
 やはり、現地の状況には言葉を失うものがありました。現状を見る、体験するということの重要性が改めてわかりました。言葉や映像だけでは、わからないことを感じられました。
 そして、避難されている方々にはまだまだ支援の手が必要だと痛感しました。
 今回の避難所の方々も、約2ヶ月もブルーシートの上に毛布だけで寝起きされておられたご苦労は察して余りあります。作業が終わり、畳の上で寛がれておられた姿が印象的でした。少しでも、過しやすくなるようになっていただければと思います。
 「ありがとうございました」と避難されているお子さんからコップに入った飲み物をいただきました。後ろでニコニコされていたお母さんが印象的でした。
とても美味しく、のどに心に染み渡りました。
 今回の作業も、今まで現地で活動されてきた佐藤さんはじめ皆様の毎日の努力の賜物であり、信頼関係からのことだと思います。
 一日だけの参加でしたが、やはり一時的なものでなく継続していくことが大切であり意味があると思います。今後もぜひ、参加させていただければと思います。

ボランティア 
鳥谷部

2011年5月4日水曜日

Neighborhood 2011/05/03

仙台の長島さんが被災地の春の様子を送って下さいました。
こちらにもたくさんアップして下さっています。



https://picasaweb.google.com/thomas.nagashima/Neighborhood20110503#

2011年5月3日火曜日

ルーテルとなりびとブログより 「避難所訪問と支援(東松島) 」

ルーテルとなりびとブログより転載


   東松島市の小野市民センターにある避難所に畳80枚を届けます。大震災から50日以上たったいまでも、床にブルーシートの避難所があります。ルーテル支 援センターはその避難所との関係をもつことができました。また、一輪車、モップを支援することができました。7日には畳を届けるボランティアプロジェクト をします。
ルーテル支援はいま、行政でできない隙間を埋めていく活動を展開しています。つながりと絆を大切にして、小耳にはさんだ情報があれば足をつかって出かけ ていき、何が必要かを聞いています。そんな中であがってくる情報を集約して、今後の活動の中心を作っていこうと考えています。
救援活動からひと月たって、やっと点ができました。これを線にして、面に変えていく活動の展開をしていきます。時間がかかる作業ですが、信頼をえるためには必要な時間だと思います。
「ルーテルはホントにやるんだ」というお言葉をいくつもいただきました。その言葉の背後にある深い思いにこれからも応えていきたいと考えています。
2階の避難所に持って上がり、生活環境の整備にあたります。20名のボランティアが必要です。どうかこのプロジェクトに参加してください。
5月2日をもって、立野事務局長のセンター任務は終了し、新しく小勝奈保子牧師(西教区)がセンター長を引き継いでくださいます。
今後ともルーテル支援センターとなりびとをよろしくお願いします。

2011年4月30日土曜日

被災地からのメッセージ

仙台の長島さんから心を強められるメッセージが届きました。
被災された皆さんが力強く立ち上がろうとされています。


昨日、新入生オリエンテーションの一日の行事が終わって、新入生たちとジュースとお菓子で歓談していたときのことでした。
ひとりの新入生が「先生、見てください」といって私に近寄り、携帯電話の画面で動画を見せてくれました。
立派な家に津波が押し寄せ、2階にまで水があがり、ついには、家が押し流されていきました。
彼の気仙沼の自宅でした。
歓談の時間は、多くの学生が残り、地震の話しをお互いにしていました。
自宅が、津波で押し流された新入生は、笑顔で話してくれました。
わたしのほうが、胸が詰まる思いでした。

今日、宮古にいる教え子からメールが届きました。
携帯電話で撮影したものです。
「店舗再開しました。大変感謝してます。宮古社協のA君より連絡がいきましたか。お客様がきましのでまた後で。」
とありました。
わたしは、宮古での彼の結婚式に行った思いでがあります。
無くなった店舗跡で、トラックでの営業ですね。
どうぞ、祈ってください。

長島慎二

2011年4月29日金曜日

となりびとボランティア・レポート

大柴譲治牧師(日本福音ルーテルむさしの教会)のボランティア・レポートです。(4月29日)
皆さまお疲れ様でした。
 
ルーテルとなりびとブログより転載
 
ゴールデンウィーク初日
 佐藤S:物資調達・東松島 遠藤S:亘理 
長谷川氏:石巻VC
石巻VC:大柴、杉本洋、杉本耀、杉本輝、
勝部、岡崎、油布、大倉、
市川、立野

5:00 起床 祈り
 6:00 石巻VCへ出発
7:30 車が少なかったので早く到着
 9:00 大芝、杉本洋、杉本耀、杉本輝、
勝部、岡崎、油布、大倉 泥かき清掃作業
市川、立野 石巻VC受付業務
18:50 石巻VCからセンター帰着
20:20 夕食 21:00 わかちあい・祈り
2:00 就寝

(本日の報告)
ゴールデンウィーク初日は1200名が作業に参加した。
そのうち500名くらいが新来者だった。
今日は、センター始まって依頼の大人数でボランティア活動をした。
本日現在、石巻には1557名が避難所生活をされている。
300箇所あった避難所は113箇所に整理統合されたよう。
亡くなった方は2895人、行方不明者2770人とのこと。
泥だし作業中にもご遺体が発見されるなど、作業は精神的にもきつい。
しかし、その家の方々との出会い、会話などで反対に力づけられる。
明日は最高の人手が予想され、石巻ルーテルテントには男6名女2名が宿泊。
なんと、NHKニュースに杉本牧師の姿が写ったようだ。反響は大きいもよう。
(大柴東教区長から)
今日は一日、杉本先生ご夫妻や勝部夫人と共に石巻でのボランティアを通して4名のおばあちゃまたちと貴重な出会いが与えられました。ぜひ一人でも多くの方 々に同様の体験をしていただきたいと思います。美味しいお食事を心をこめて作ってくださった安藤さんのご奉仕にも感謝します。食事ボランティア、運転ボラ ンティア等も求めています。この働きのために覚えてお祈りください。支援センターとして場所を提供してくださっている仙台教会にも感謝します。在主。 大 柴譲治

2011年4月28日木曜日

岡崎牧師(西日本)レポート20110427

ルーテルとなりびとブログより転載
 岡崎牧師は石巻vcで泥だしボランティアをされました。
画像は作業された家です。
 6:00 センター出発
 8:20 石巻VS 到着
 9:00 民家の畳50枚を運ぶボランティアニ13名参加わる。
 9:40 終了
11:00泥かきボランティア30名で参加。
16:00終了
20:00帰宅

(感想)
初めて泥かきボランティアに参加しました。民家が密集する地域で2階まで津波が押し寄せたようで、ほとんどの家がヘドロが入り込むちゃくちゃでした。ヘ ドロの匂いと海の匂いと、家にあった玄米が腐り尋常じゃない異臭を放っていました。雨具を着ての作業は重労働でした。隣の民家では自衛隊がやってきて作業 中に遺体を発見したようです。他のボランティアグループでは作業中に遺体を発見したそうです。
手付かずの民家が多数あり、人はいくらあっても足りません。予想以上の悪環境の中での作業は肉体的、精神的にきついものだと思いました。ある程度覚悟が必 要です。しかし、誰かがしなければなりません。たくさんのボランティアの働きに感謝するとともに、明日からもできることをしたいと思います。

2011年4月27日水曜日

被災地の地域格差の問題の中で

神様のクレヨン「被災地から・支援物資石巻VC」より転載

110421_134504  救援物資について有り余っているという報道がなされます。たしかに有り余っているところもあります。しかしここで聞く情報は、届けられてない所もまだた くさんあり。いまでもおにぎり1個で生活ということも実際にききます。街全体が津波で破壊されているのですから、すべての公共機関、社協などの団体も同じ 被害をうけています。機能という点でおいついていかないのでしょう。普段ならどこに人がいて、どんな生活をしているかわかっているところが、いまはそれを 調べる時間も人もいないという状況かなと思います。 110421_134739
しかし、物資は届けられているところにはたくさんあります。ボランティアによってきちんと細かく仕訳され、内容物がすぐにわかるように図式化され ています。サイズから色から、男性物、女性物まで。全国からこんなにあつめられることに驚きますし、5000人の給食を思い出しました。パン5つと魚2ひ きで5000人が養われた奇跡は、イエス様の祈りからなされました。いまここに人々の祈りが結集しているのだと思います。

まじわり号外発行


近畿福音ルーテル教会では、広く多くの皆さま方に被災地の現状を
知っていただくため、機関紙「まじわり」の号外を発行いたしました。
右のメニューリンクよりご自由にダウンロードいただけます。
どうぞご活用下さい。
↑画像をクリックするとPDFファイルのダウンロードが開始します↑



医療法人・光ヶ丘保養園へ軽自動車を支援

ルーテルとなりびとブログより転載

日本福音ルーテル教会の立野先生や西日本福音ルーテル教会の岡崎茂先生もご自分で運転されて車を気仙沼まで届けられたとのことです。貴いお働きに感謝いたします。

気仙沼市にある光ヶ丘保養園に、軽自動車3台をルーテルでレンタルし緊急援助期間の支援をいたしました。
保養園は、精神科・神経科の病院で、患者数286名職員150名の病院です。
気仙沼の港にあり、2階までが津波被害にあい、水没と廃材の山になりました。
1階にあった外来・治療・事務・調理配膳機能のすべてを失いました。
同時に、職員の車も流され緊急援助の申請をされていました。
ちょうど、先週現地訪問した議長団がそのことを知り緊急援助することしました。
本日、3台を現地に届けました。
奥山保男園長、新階医師、スタッフから「職員の車50台が流され、病院の車3台すべて流されました。いま一番のニーズに応えてくださり感謝です」という言葉をいただきました。
その後、病院の様子や職員の様子(避難所から通って来る方も多い)
調理の様子(いまも薪で調理し、井戸水でしのぎ、食料品目がない等)をお聞きしました。
家をなくした職員はアパートを借りるにも400人待ちだそうです。
津波の様子、その後自衛隊がくる3日目までのことを聞きました。
食料もなく、患者さんが持っていたおやつを分け合って3日間を過ごされたそうです。
飲料水は自動販売機をすべて壊してわけた。自衛隊がやってきて、菓子パンでその後をしのいだなど。胸が熱くなるお話でした。
気仙沼はまだ支援が十分でなく、これかも何ができるかを考えていきます。


病院のウェブサイト 光ヶ丘保養園

2011年4月23日土曜日

A message from Mr.Nagashima

We want to share a message from Mr.Nagashima who is one of tsunami victim in Sendai-city, a member of Sendai Lutheran Church. 


Dear Friends
23 April

I went to shopping to get some items for my student today.
Sendai railroad station was crowded with people.
I was stopped by Mr. Oishi, a graduate of my college.
He is working as a teacher of Kesennuma Koyo High School.
Kesennuma is the town which was devastated by tsunami.
This seaside high school had the terrible damage.
We talked to each other about our experiences from the earthquake.
He saved his life swimming in the tsunami.
I asked him whether Mr. Takeda, one of the teachers of his high school is safe.
I have been worring about Mr. Takeda because he was one of my students.
I have a special memory of him.
Because he failed my class for two years in a row, he had to kept
beeing the junior in college.
Eventually he got my class and participated in my seminar.
He enjoyed the life of my laboratory and graduated from the college.
After graduated, he became a teacher of the high school above.
I remember the day he visited me together with his students.
I was invited to his wedding.
We send postcards to each other every year.
After tsunami, I called him.
But the machine replyed me as "This dial number is not available now".
Mr. Oishi told me that Mr.Takeda is fine.
Easter Sunday comes tomorrow.
My student came back to life befor Easter.


It was the day before yesterday.
I was stopped by Mr.D who lives next to Sendai church.
He owns a warehouse company.
You can easily imagine that his company had the terrible damage.
After the earthquake, we confirmed of the safety of ourselves by emails.
But that was the first time we saw each other after the earthquake.
I came running up to him and gave him a firm handshake.
We exchanged greetings, asked if each family were OK and talked
everything about our experiences.
Much words overflowed from our mouths.
Probably that was because we are the sufferers.
He became exactly the neighbor for me.


Jesus said
"Whoever can be trusted with very little can also be trusted with much"
Luke 16:10 (New International Version, c2011)
Who do you think are the people trusted with very little?
What the verry little means?


People in the devastated area need human and financial support.
Our church began to do the support project.
First of all, we must be the neighbor for one next to us.